代表部員の活動 : 一等書記官 川本陽介
令和8年2月10日
ASEANのロゴに秘められた思い一等書記官 川本陽介 (2023年~2026年) ※以下の内容は、ASEAN日本政府代表部の立場や意見を代表するものではなく、あくまで私自身の個人的見解です。 |
![]() 日ASEAN農林大臣会合において他国のカウンターパートと写る筆者(写真中央) |
1 はじめにASEANのロゴは、10本の稲穂を束ねた姿を表しています。これは、ASEAN加盟国10か国(当時)の結束と、地域の基盤としての農業の重要性を象徴するものと言えます。ASEAN地域では、現在でも農業が国内総生産(GDP)の10~20%以上を占める国が多く、人口のおよそ6分の1、約9億人が農業関連人口とされています。日本の主なASEANへの農業分野の協力では、日中韓が協力して自然災害時にコメを被災地に支援するAPTERR(アプター)という事業があり、農業統計の支援を行うAFSIS(アフシス)事業と合わせ、毎年ASEANの首脳会議では各国からも感謝の意が述べられています。2025年10月には東ティモールがASEANに加盟し、加盟国は11か国となりました。将来、ロゴが変更されることがあったとしても、この稲穂のモチーフだけは残してほしいと、個人的には願っています。 ![]() 2 衝撃的な出来事ASEANの農業分野では、ほ場整備やかんがい、農業機械化が十分に進んでいない国がある一方で、ドローンの活用や、スマートフォンによる農作業管理、市場価格の把握、電子決済、農業気象情報の取得、さらにはEコマースなど、先進的な技術が急速に普及しています。赴任期間中、私は3回の日ASEAN農業シンポジウムに関わる機会がありましたが、そのたびに、ASEANでのICT関連技術の普及の速さと広がりには目を見張るものがありました。私が着任した2023年は、日本とASEANが友好協力関係を築いて50周年を迎える節目の年でした。この年、日ASEAN関係は「心と心のパートナー」というメッセージに加え、「共創」という新たなキーワードを掲げました。世界のサプライチェーンの要衝として、また台頭するスタートアップ企業によるイノベーション拠点としてのASEANと、日本がいかに関係を築いていくのか――新たな時代に入ったことを象徴する出来事として、強い衝撃を受けました。 赴任直後から、高層ビル群に囲まれたジャカルタ、バンコク、クアラルンプールの都市風景、さらには会議が開催されるホテルの宿泊料や物価の上昇に驚く日々が続きました。のどかな農村が広がる、いわゆるステレオタイプなASEANのイメージは、3年間の赴任を通じて完全に覆されました。その一方で、工業化から取り残された地域では、今なお手作業や牛耕による農業が行われており、国境を越えた人材流動の影響で、意外にも農村部では農家不足が進んでいるという話を耳にすると、この地域が抱える課題の複雑さを実感させられます。 3 日本の知られざる貢献――ルールづくりASEAN地域には、仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教など多様な宗教が共存しており、言語や生活様式、価値観も国ごとに大きく異なります。このような多様な国々が集まるASEAN事務局では、事業運営において部局ごとの独自ルールや慣習が存在する場合もあります。日本政府は、日ASEAN統合基金(JAIF)などを活用し、農業や環境をはじめとする幅広い分野で協力事業を実施してきました。その中で、JAIF事業の会計規則を適切に管理するため、ルールの厳格化と運用の適正化が図られています。その結果、この会計規則がASEAN事務局全体でも採用され、すべての会計処理を同一水準で行う体制が整えられたと聞いています。 個別事業の成果も重要ですが、組織全体の運営基盤を強化するこの取組は、他国には例を見ない、極めて画期的な成果と言えます。当時この運用の適正化を推進したJAIF管理チームのチーム長が農林水産省の元職員であったことを知ったとき、ASEANロゴの由来にも増して、不思議な縁を感じました。 4 日ASEAN協力が蒲焼きを救う?私が担当した事業の一つに、昨年12月、日本でも話題となったウナギの輸出規制を巡る取組があります。ワシントン条約では、ヨーロッパウナギが既に附属書IIに掲載され、国際取引には許可が必要とされています。これに加え、ニホンウナギやASEAN地域に生息する熱帯ウナギを含む、ウナギ全種を規制対象とする提案が、EUなどから示されました。これに対し、日本は、資源管理は適切に行われており、科学的根拠が十分ではないとして反対しました。インドネシアでは養殖ウナギが生産され、日本にも輸出されていますが、ASEAN全体では、ウナギは他の魚種と比べて食用としての位置付けが必ずしも高くなく、資源量や漁獲量に関するデータも十分に蓄積されていませんでした。そのため、資源が減少しているかどうかについても、明確な評価が困難な状況にありました。 こうした中、JAIF事業などを通じてインドネシアやベトナムで調査を実施し、世界で初めてASEAN地域全体を対象としたウナギ資源管理の方針を取りまとめることができました。この成果により、ASEAN各国は科学的調査に基づく共通の立場を形成し、結果としてウナギ全種を規制対象とする提案の否決につながりました。今後も資源管理に向けた取組を継続することが重要ですが、日本の蒲焼き文化とASEANの養殖業者の生計が、科学的根拠に基づく国際協力によって守られた意義は極めて大きいと考えています。 5 パンチャシラの精神――インドネシアに住んでインドネシアでは、日本文化、とりわけアニメや日本食への関心が非常に高く、ラーメンや寿司、抹茶スイーツなどが広く親しまれています。ASEAN日本政府代表部では、和食普及を目的としたイベントを毎年開催してきました。日本から取り寄せたブリの解体ショーや、おせち料理の紹介では、多様な食材が一つの重箱に調和して収められている姿が、「多様性と調和を重んじるASEANの姿」に重ねられ、大きな反響を呼びました。インドネシアのメディアで「OSECHI」と検索すると、2億8千万人の国民が正しいおせち料理の解説に触れられるようになったため、文化発信の力を改めて実感しました。世界的に人気が高まる抹茶を使ったイベントも含め、職員総出で取り組んだ和食イベントはいずれも良い思い出です。インドネシア社会には、多様性を尊重する「パンチャシラ」の精神が深く根付いています。異なる民族や宗教、価値観の存在を前提に、時間をかけて対話を重ね、合意を模索する姿勢は、日本にとっても学ぶべき点が多いと感じています。今後もこの精神を胸に、ASEANと日本の関係深化に取り組んでいきたいと考えています。 |
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ASEAN日本政府代表部 

