代表部員の活動 : 一等書記官 宮川貴行

令和6年8月1日

治安外交最前線~ASEANとの正義の実現~


一等書記官 宮川 貴行
(2021年10月~ 警察庁より出向)


 

インドネシア当局幹部と打合せをする筆者(左)

1 東南アジアに展開する日本の犯罪組織

 2023年2月、「ルフィ」等と名乗り日本での強盗殺人事件等の指示をしていた邦人がフィリピンから強制送還されたのは記憶に新しい。その後も、「匿名・流動型犯罪グループ」や「闇バイト」という言葉が連日メディアで取り上げられた。2023年中、日本警察は海外の警察と連携するなどして、東南アジアの4カ国8カ所の海外拠点を摘発し、69人を逮捕した。
 私の勤務するインドネシアにおいても、2022年6月や2024年3月に、インドネシア当局と連携し、詐欺の容疑で日本警察が指名手配をしていた邦人被疑者を発見・拘束・強制送還するなどした。

 

2 治安に係る日本とASEANとの協力

 ASEANと長きにわたって幅広い協力関係を築いてきた日本は、治安面においても様々な活動をASEANと共にしてきている。
 その最たるものは、日本とASEANによる「国境を越える犯罪に関する閣僚会議」(AMMTC+日本)であり、2023年8月にはインドネシアのラブアンバジョで開催された同会議に、日本の閣僚である国家公安委員会委員長が参加し、テロ、薬物を含む国際組織犯罪、特殊詐欺、サイバー犯罪等への対策について各国と協議した。
 東南アジア内の個別の国に対する支援を見ても、例えばインドネシアにおいては、日本は20年以上も前から「交番」に代表されるような市民に寄り添った警察活動を導入・普及する支援をしてきており、「サムライスピリッツ」を有する日本の警察魂がインドネシア警察にも広がるなどしている。その国の未来を共に見据えつつ、ソフト面からアプローチをする日本らしい支援の在り方と言える。
 これまでは日本が東南アジアを支援する場面が多かったが、冒頭に述べた日本の犯罪組織による東南アジアへの展開を踏まえ、今後は日本が東南アジア各国に支援を求める場面が増えていくだろう。これまで日本が築いてきた信頼関係を元に、日本がASEANと共に悪と対峙していくことになる。なお、後述の日本警察とインドネシア警察が共同で行ったサイバー犯罪捜査は、日本がインターポール(国際刑事警察機構)を通じて行ったASEANサイバー能力向上プロジェクトが一つのきっかけで実現した案件であった。

 

3 変動する国際犯罪情勢と変わらぬ普遍的な正義

 2002年にインドネシアのバリ島で発生した爆弾テロ事件では202人(うち邦人2名)が犠牲となり世界に衝撃を与えた。今なお各地でテロ事件が発生する東南アジアにおいては、テロ対策が治安上の最重要課題の一つとされてきた。私の前任が書いた「日本と東南アジア、そして世界が笑顔でいられるように」には、日本がASEANと共に進めてきたテロ対策の重要性が記されている。
 他方で、日本やASEANを取り巻く国際犯罪情勢はめまぐるしく変動している。サイバー空間における治安情勢もその一つである。2023年7月、日本警察とインドネシア警察は共同でサイバー事件を検挙したが、その過程では法制度や捜査慣習が異なる両国当局間で何度も激論が交わされた。犯罪がますますグローバル化する中で、日本はどのような分野でどのような方法で東南アジア当局等と連携すべきか、東京や任国と時に熱い議論をしながら絶えず「正義」を追い求めていく必要がある。
 安全・安心な社会を構築・維持するために悪と対峙する。どの国にいようが、どの機関にいようが、治安に携わる者が持つ責任である。犯罪を予防することや犯罪者を捕まえることが正義であることを疑う者などいない。この「普遍的な正義」を追求するために、今日もまたASEANにおいてASEANとともに犯罪に立ち向かうのである。