代表部の活動 : 栗原渉 一等書記官

令和3年10月4日

デジタル分野における日ASEAN協力


一等書記官 栗原渉
(2019年~総務省より出向)

※以下の内容は、ASEAN日本政府代表部の立場や意見を代表するものではなく、あくまで私自身の個人的見解です。2021年9月末時点の状況を基に記載しています。
 

1 はじめに

 ASEANにおけるデジタル化の度合いについて問われた場合、どのようなイメージを持たれるでしょうか。一昔前の東南アジアをイメージし、デジタル化とは縁の遠い地域が思い浮かぶかもしれませんし、近年の各加盟国の首都圏を想像し、日本と比べても非常にデジタル化の進んだ地域と思われるかもしれません。

 域内では特にシンガポールのデジタル化の進展が目立ちますが、各国の首都圏も同様に、今後も一層の発展が期待されています。例えば国際経営開発研究所(IMD)が発表している世界のデジタル競争力ランキング(※1)では、マレーシアが日本よりも上位にランクインしておりますし、筆者が駐在しているインドネシアの首都ジャカルタでも配車・送金・食品配達等のオンラインサービスが全てストレスなく行えるほどに普及しております。

 一方で、地方部においてはあまりデジタル化が進んでいないというのも、また事実かと思います。ASEAN域内には現在もインターネットの接続があまり十分でない又は全くない地域が存在しており、そうしたエリアにもオンラインサービスが利用できる環境を整えることは急務であることから、多くの加盟国が連携して、その解決に取り組んでおります。

 このように、日本にとってのASEANはデジタル技術やサービスの高度化に向けた良き競争相手であると同時に、域内のデジタル環境格差の是正に向けた支援を必要としている相手と考えられ、一方向の支援に留まらず、双方向で課題解決に取り組んでいくことが期待される関係にあるといえます。
 

2 日ASEANにおけるデジタル分野の協力

 日本とASEANの当該分野での協力関係は長く、2009年から「日ASEAN情報通信大臣会合」を毎年共同開催し、翌年の協力内容に関する実施計画を継続的に決定しています。そして2019年に、デジタルトランスフォーメーションを牽引する情報通信技術の役割を踏まえ、その名称を変更することが決定され、2021年1月には第一回目の「日ASEANデジタル大臣会合」を開催しました。

 第一回会合においては、今後ASEANがデジタル分野において目指すビジョンを実現するための実施項目をまとめた「ASEANデジタルマスタープラン2025」の策定や、デジタル技術を活用した防災情報配信方法に関するワークショップ等の実施状況を確認すると共に、サイバーセキュリティや5Gの分野における協力を主とした「日ASEAN・ICTワークプラン2021」を策定いたしました。このワークプランに基づき、現在、様々なプロジェクトを実施しています。

 具体的な共同プロジェクトを一つご紹介すると、タイのバンコクに設置している「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター」(※2)における活動があります。デジタル化の進展に伴い増大する、安全なサイバーセキュリティ環境の必要性に対応するため、4年間で700名の域内のサイバーセキュリティ人材を訓練することを目標に、日本発の実践的サイバー防御演習を提供しています。新型コロナウイルスの蔓延に伴う移動規制の影響で、一時はトレーニングの継続が危ぶまれましたが、オンラインへの実施に切り替え、迅速に活動を再開することができました。
 

日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターのトレーニング風景(2019年12月撮影)
 

3 ASEAN日本政府代表部員としての自身の役割:「価値観の通訳」

 日ASEANの協力を実りあるものにするために、日々、自分がどのような役割を果たせるのか自問する中で、私は、日ASEANの「価値観の通訳」を行える外交官になりたいと思いました。通訳と聞くと言語の通訳が思い浮かぶかもしれませんが、異なった歴史的・文化的背景を持つ国や地域の関係構築においては、単に言語をそのまま訳するだけでは不十分であると感じております。

 例えば、日本では特に悪い結論を伝える際には、婉曲的な表現の方が相手に配慮しているように受け止められますが、ASEANとの関係では言いたい事がよく分からないと評価される場合もあります。また、ASEANではスケジュールや期限の遅れについて比較的寛容に扱われますが、日本では厳しく評価されることが珍しくありません。些細なことかもしれませんが、人間関係でも、言葉以外の行動のニュアンスが、相手の真意を推測する重要なヒントになることがあるかと思います。

 そうした両者の「価値観」を理解した上で、誤解を生じさせず、相手に真意が伝わるよう「通訳」することが、円滑な意思疎通、ひいては両者の信頼関係の構築には極めて重要であると考えます。こうした気持ちを胸に、少しでも日ASEANのデジタル分野での協力をより一層深化できるよう、今後も取り組んでまいりたいと思います。


※1 国際経営開発研究所(IMD), “IMD World Digital Competitiveness Ranking 2020”. https://www.imd.org/centers/world-competitiveness-center/rankings/world-digital-competitiveness/

※2 ASEAN Japan Cybersecurity Capacity Building Centre https://www.ajccbc.org/